神社仏閣

 白根神社

\"白根神社\"

白根山の湯釜の近くにある白根神社奥宮があります。山岳信仰が盛んな頃、こちらで参拝しておりました。
しかし、標高2000mの高山の為、冬期積雪期間だけではなく、普段でも山頂への登山は容易ではなかったので、現在の草津小学校の近くにある笹原に祈祷壇を作り参拝する様になりました。白根山は神のやどる信仰の山。白根山に従一位白根明神、古白根山に従一位白根明神があり、明治になって合祀、明治6年、郷社になって、温泉街見下ろす囲山公園内に、現在の場所である社殿を新築して奉還したそうです。

囲山公園内には、多くの文化財、史跡があり、沼社、鉱泉社、三峰社、諏訪社、頼朝宮などの社もあります。
祭神は、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)です。

毎年、7月17日、18日には、白根神社祭りが行われ、町内をたくさんの御神輿が練り歩き、街がとても賑やかになります。

白根神社へは、当館のすぐ近くで、徒歩5分ぐらいで行けます。
当館からの道のりですと、シャクナゲ群生地を通り、緑いっぱいの樹木からエネルギーを浴びて、心清らかに、ご参拝くださいませ。

\"アクセス\"

沼神社

沼神社

諏訪神社

諏訪神社

 草津山光泉寺

\"草津山光泉寺\"

草津山光泉寺(そうしんざんこうせんじ)
全国でも珍しいアルミニウムで出来たお寺です。
湯畑前にある為、鉄だとすぐに錆てしまうからです。

養老5年(西暦721年)行基菩薩の祈願により、草津温泉を湧出させたという伝説があります。
薬師如来を祀る薬師堂を建立し、草津山光泉寺と名付けたと言われております。
薬師如来は12の大願を立て、病苦などに苦しむ衆生を救う仏です。
行基の建立した薬師堂は、古くから日本三大温泉薬師の一つとして著名でした。
東の草津、西の有馬は吾が国の温泉の二大双璧で
これに山中の湯、城崎の湯、道後の湯のいづれかが加わって日本温泉三大薬師と呼ばれました。

<img loading=\"lazy\" class=\"alignleft wp-image-13897 size-full\" src=\"http://skylandhotel.jp/wp-content/uploads/2017/07/googlemap-5.gif\" alt=\"アクセス\" Google Map\" width=\"130\" height=\"30\" />  \"詳細情報\"

薬師如来

薬師如来

十二神将

十二神将

十二神将

十二神将

遅咲き如来

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釈迦堂
草津温泉、光泉寺の釈迦堂にある釈迦如来像は、1702年、奈良東大寺公慶上人によって作像されたました。東大寺修復に貢献のあった玄賀に、その功を嘉して、大仏内腹の骨木で二体の釈迦如来像を作りその一体を賜りました。玄賀は15年間、草津温泉で湯治をし、ここ、光泉寺境内が理想の場所と感じ、釈迦堂を建て、本尊を安置したそうですが‥‥

この事は、伝説でしかありませんでした。

ところが、平成17年になって、これが事実であるという事が証明されたそうです。
以来、300年の時を経て、世に出て来たところから、「遅咲き如来」として改め、地域で信仰されております。
今まで花を咲かせられなかった方々、もう一度花を咲かせたい方、そんな願いを草津温泉に来て叶えてみませんか!

不動堂
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 草津穴守稲荷神社

\"草津穴守稲荷神社\"

草津穴守稲荷神社
フジテレビ系列で、明石家さんまさんの『ホンマでっか!?TV 4時間半SP』で紹介されて以来、大人気となった神社です。
西の河原公園の中にあります。

明治四十年ごろ、東京の山崎染物店の主人が草津へ湯治に通い、病気平癒の記念に、常々信仰していた穴守稲荷をこの場所に分霊し勧請しました。
奉斎分霊この方幾星霜、平成13年に草津町内有志によりご神徳を仰ぎ改築したとされております。

\"草津穴守稲荷神社\"
こちらの砂をまくと、商売繁盛、人気上昇されると、ご利益があるそうです。

お砂のまき方
商・工・農・漁業・家内安全の招福には玄関入り口に。
病気平癒の場合は床の下に。
災・厄・禍除降の場合は其の方向へ。
新築・増改築には敷地の中心へ。

\"草津穴守稲荷神社\"
外国人からも人気の出そうな、鳥居ですね。

西の河原公園に行かれる際は、是非、お立ち寄りくださいませ。

 草津新四国八十八ヶ所霊場

\"草津新四国八十八ヶ所霊場\"
知る人ぞ知る、草津新四国八十八ケ所霊場のご案内です。
本場の四国にある八十八ヶ所霊場はあまりにも有名ですが、草津温泉にも気楽にプチ八十八ヶ所霊場巡りが出来る、パワースポットがある事はあまり知られていないと思います。

「草津新四国八十八箇所霊場」とは、
「大正9年(1920)草津町湯之沢部落の大師講信者がキリスト教に改宗、護持していた大師像を湯川に投捨てんとせるを聞き、信者これを制して落合の山林中に小堂を建立して安置、教会所を開いた。その後某氏、湯之沢のハンセン病患者のため、草津に四国八十八ケ所の霊場を発願して土地を教会所に寄附し、光泉寺住職中村林盛、その大願成就のため高野山にのぼり、更に四国に渡り、八十八ケ所霊場を巡礼、札所の土を一すくいずつ捧持して帰った。湯之沢の信者、草津町の篤志、また一般入湯客の篤志が一体ずつ寄進した88体の石仏の下に、捧持した聖地の土を埋設し、草津新四国八十八ケ所霊場の開山となった。以来、病に悩み草津温泉に入湯する人々、病気平癒祈願の霊場巡礼所として、参拝する人は後を絶たない。」
と、されております。

\"1ヶ所目の霊山寺\"
一番礼所 霊山寺

\"2番札所 極楽寺\"
二番礼所 極楽寺

\"3の金泉寺\"
三番礼所 金泉寺

\"88番礼所 大窪寺\"
88番礼所 大窪寺札所

 その他

金毘羅神社

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日晃寺

\"日晃時\"

地蔵堂

\"地蔵堂\"